5月25日、スラバヤからジャカルタへ日帰り出張した。5月20~22日に一組、5月23~28日にもう一組、視察同行中で、後者については、仏教のワイサックで祝日であることを理由に1日だけあけてもらうことをお願いし、日帰り出張を行った。
25日朝、スラバヤのジュアンダ空港でGaruda Indonesiaのカウンターでチェックイン。通常よりも一人一人のチェックインに要する時間が長いので何かおかしいとは感じていた。自分の番になって、その理由がわかった。カウンターの職員曰く「直前の便がキャンセルになって、その客がお客様の予約した次の便へ振り向けられたため、オーバーブッキングとなり、乗れません。さらに次の便に振り替えます」とのこと。
はあ? 前の便がキャンセルになると後の便に振り替えて、後の便に予約を入れておいた私が乗れないわけ? 午前11時からジャカルタで会議のため、遅れないようにこの便にしたのに、どういうことなのか? これがGaruda Indonesiaの通常のやり方なのか? カウンターの職員に詰め寄ったが、彼女はGaruda Indoensiaではなく空港サービス会社の職員なので、、「Garuda Indonesiaのカスタマーサービスに話してください」と取り合ってくれなかった。
ともかく、次の便に振り向けられ、その搭乗券をもったまま、Garuda Indonesiaのカスタマーサービスへ。同じような運命になったと思われる何人かの乗客がそこにいた。Garudaのネームタグをつけた男性職員に苦情を話す。するとその職員、「ご意見を言っていただいたお客様をとてもありがたく思います」「素晴らしい意見ですね」「ご意見賜ります」と、褒め言葉が並ぶ。それでさらにカチンと来て苦情を言い続けると、今度は何度も「申し訳ありません」を繰り返し始めた。頭にきたが、埒が明かないので、あきらめて、当初乗る予定の次の便を気長に待つことにした。
振り向けられた次の便だとジャカルタ着は10:20、土曜・祝日で空港からジャカルタ市内への高速が空いていたとしても、おそらく間に合わない。会議の相手にお詫びの連絡を入れた。
話はここで終わらなかった。
ジュアンダ空港内のカフェで、中華チマキとコーヒーの朝食をゆったり摂っていると、先ほど私が会ったGaruda Indonesiaのカスタマーサービスの職員が、息を切らせながら私のところへ駈け込んできた。そして言う。「お客様、当初お乗りになるはずだった便ですが、キャンセルが一人出ました。お客様だけ特別にご案内したいのですが」と。
私と同様の運命になった乗客はたくさんいたはず。なぜ私だけなのか。他の乗客にもちゃんと情報を流したのか。病人や急用のある人など、緊急性の高い乗客がいるのではないか。私だけが特別扱いされるのはおかしい。こんな風にまくし立てていると、「もう時間がないんです。1人分だけですから、どうか搭乗してください」と懇願される始末。
2個あった中華チマキを1個だけ食べ、コーヒーを半分以上残したまま、その職員に急かされながら、搭乗口へ向かった。搭乗券の便名やシート番号は手書きで直され、日帰りで手荷物のみだったので、そのまま搭乗。本来、自分が乗るはずだった便に結局乗ってしまった。
便は約30分遅れで出発。最後の乗客である私を待っていたためだろうか。
機内を見ると、同じ柄のバティックを着たウムロ(断食明け以外の時期に聖地メッカへ行くこと)に行くと思われる方々が多数乗っていた。見た感じ、政府高官やその子弟のような方々が多いように見えた。
もちろん、ジャカルタでの会議の時間には間に合った。きっと、素直にラッキーと思えばよいのかもしれない。でも、後味の悪い何かが残る顛末であった。
2013年5月28日火曜日
2013年5月23日木曜日
ブラウィジャヤ大学での特別講義
5月18日、朝5時起きして、スラバヤから車で2時間のマランにある国立ブラウィジャヤ大学へ行き、日本語学科の学生を対象に「インドネシアの日系企業」という題で特別講義を行ってきた。
集まった学生は約120人、正直言って、かなりたくさんの学生が日本語を勉強していることに改めて驚いた。聞くと、ほとんどが日本語検定3〜4級程度、2級以上の学生は少ないようだ。2級以上になれば、そのほとんどが日系企業に就職できている。
床に薄いカーペットを敷いて座る形。考えてみれば、日本もそうだが、椅子はもともと外から持ち込まれたもので、床に座って、低い机に向かって学んだり作業したりするのが一般的にみえる。
かつて、マカッサルにいたとき、我が家の4分の3を地元の若者たちの活動に開放した際、彼らの運営する図書館(実はマカッサルで最初の民間図書館といってもよかった)では、床に座って低い机で本を読む形式だった。椅子は夭死していたにもかかわらず、である。
ブラウィジャヤ大学の学生たちは、床に座る形式のほうがリラックスして和やかな雰囲気でよい、という。たしかにそう思う。私の特別講義も、いつもより容易に笑いがとれ、リラックスした気分で行うことができた。
ブラウィジャヤ大学の日本語学科は、日本語検定2級取得を目標としている。講師陣も充実しており、日本人の講師の方が2名活躍されている。大学では4年時点で実地研修(KKN: Kuliah Kerja Nyata)を数ヵ月間行うが、将来の自分の職業に合わせて、学生が自分で探す。日本語学科の学生たちは、日系企業でのKKN受入を希望しており、実際、経験者もいるようだ。
また、ブラウィジャヤ大学は、株式会社ニキサエ・ジャパンと協力して、スカイプによるインドネシア語講座を開設している。最近、じゃかるた新聞などでも取り上げられた。
日本インドネシア語学院
学生は講義をとても熱心に聞いてくれ、質問も活発だった。情報が行き交っているためか、以前に比べると、的外れな質問は本当に少なくなった。日本があこがれの国であることは確かだが、かつてのようなステレオタイプな日本イメージがいい意味で変わっていく様子がうかがえた。
集まった学生は約120人、正直言って、かなりたくさんの学生が日本語を勉強していることに改めて驚いた。聞くと、ほとんどが日本語検定3〜4級程度、2級以上の学生は少ないようだ。2級以上になれば、そのほとんどが日系企業に就職できている。
床に薄いカーペットを敷いて座る形。考えてみれば、日本もそうだが、椅子はもともと外から持ち込まれたもので、床に座って、低い机に向かって学んだり作業したりするのが一般的にみえる。
かつて、マカッサルにいたとき、我が家の4分の3を地元の若者たちの活動に開放した際、彼らの運営する図書館(実はマカッサルで最初の民間図書館といってもよかった)では、床に座って低い机で本を読む形式だった。椅子は夭死していたにもかかわらず、である。
ブラウィジャヤ大学の学生たちは、床に座る形式のほうがリラックスして和やかな雰囲気でよい、という。たしかにそう思う。私の特別講義も、いつもより容易に笑いがとれ、リラックスした気分で行うことができた。
ブラウィジャヤ大学の日本語学科は、日本語検定2級取得を目標としている。講師陣も充実しており、日本人の講師の方が2名活躍されている。大学では4年時点で実地研修(KKN: Kuliah Kerja Nyata)を数ヵ月間行うが、将来の自分の職業に合わせて、学生が自分で探す。日本語学科の学生たちは、日系企業でのKKN受入を希望しており、実際、経験者もいるようだ。
また、ブラウィジャヤ大学は、株式会社ニキサエ・ジャパンと協力して、スカイプによるインドネシア語講座を開設している。最近、じゃかるた新聞などでも取り上げられた。
日本インドネシア語学院
学生は講義をとても熱心に聞いてくれ、質問も活発だった。情報が行き交っているためか、以前に比べると、的外れな質問は本当に少なくなった。日本があこがれの国であることは確かだが、かつてのようなステレオタイプな日本イメージがいい意味で変わっていく様子がうかがえた。
2013年5月22日水曜日
現地視察同行中
昨日と今日はスマランに来ている。日本からのお客様の視察同行中。単なる視察ではなく、今後に何かをつなげられるような、ヒントをつかむためでもある。
その意味で、今回の視察は、スラバヤも含めて3日間という短いものだが、今後の様々な展開を意識させられるような内容になった。お客様も、「こんな方々と会えるとは思わなかった」「新しい発見がいろいろあった」と満足されている様子。
現地視察同行の中身を常に充実させ、お客様の満足度とその後の展開へつなげられるような、質の高い視察同行を行なっていきたいと思う。
インドネシアの、特に地方への視察同行の希望があれば、当方へご連絡いただきたい。
これからまた、スマランでアポ3件、朝食もまだ食べていないのでこの辺で。
その意味で、今回の視察は、スラバヤも含めて3日間という短いものだが、今後の様々な展開を意識させられるような内容になった。お客様も、「こんな方々と会えるとは思わなかった」「新しい発見がいろいろあった」と満足されている様子。
現地視察同行の中身を常に充実させ、お客様の満足度とその後の展開へつなげられるような、質の高い視察同行を行なっていきたいと思う。
インドネシアの、特に地方への視察同行の希望があれば、当方へご連絡いただきたい。
これからまた、スマランでアポ3件、朝食もまだ食べていないのでこの辺で。
2013年5月17日金曜日
ジャワ・ポス紙編集部訪問
5月15日、パートナーコンサルタントのM氏の紹介で、スラバヤを本社とする全国日刊紙『ジャワ・ポス』(Jawa Pos)の編集部を訪問し、編集長はじめ編集スタッフと面会してきた。その様子が、さっそく、5月16日付の『ジャワ・ポス』に掲載された。
実は、『ジャワ・ポス』の編集部へ行ったのはもう10年ぶりぐらいだった。あの頃からずっと、ジャワ・ポスの編集ルームはインドネシアで一番広いと言われていたが、どうも今もそうらしい。変わっていなかった。
この『ジャワ・ポス』紙は、全国の地方紙100紙以上にネットワークを持ち、記事を配信している。おそらく、全国をくまなくカバーしている新聞メディアといってよいだろう。
実は、首都ジャカルタに本社を置く新聞社で、『ジャワ・ポス』と同様のネットワークを持っているところはなく、クォリティペーパーとされる『コンパス』が『ジャワ・ポス』を追い上げようとしているが、全国地方紙のカバレッジでは、『ジャワ・ポス』に大きく後れを取っている。
『ジャワ・ポス』は、数は多くはないが、スラバヤがジャカルタを凌駕する事例の一つといってよいかもしれない。
この『ジャワ・ポス』に、定期的に日本=インドネシア関係に関するエッセイをインドネシア語で書いてみたいと考えている。その話を持ちかけると、編集部は大賛成。まずは、こちらで書いたものを読んでもらってから判断する、ということになった。
うまくいけば、この前のブログで呼びかけた「日本企業がインドネシアでどのような役割を果たし、どう貢献しているのか」をインドネシア語で発信する場を確保できそうである。しかも、うまくいけば、系列の地方紙にも転載されるようだ。
さあ、これから、である。
この『ジャワ・ポス』紙は、全国の地方紙100紙以上にネットワークを持ち、記事を配信している。おそらく、全国をくまなくカバーしている新聞メディアといってよいだろう。
実は、首都ジャカルタに本社を置く新聞社で、『ジャワ・ポス』と同様のネットワークを持っているところはなく、クォリティペーパーとされる『コンパス』が『ジャワ・ポス』を追い上げようとしているが、全国地方紙のカバレッジでは、『ジャワ・ポス』に大きく後れを取っている。
『ジャワ・ポス』は、数は多くはないが、スラバヤがジャカルタを凌駕する事例の一つといってよいかもしれない。
この『ジャワ・ポス』に、定期的に日本=インドネシア関係に関するエッセイをインドネシア語で書いてみたいと考えている。その話を持ちかけると、編集部は大賛成。まずは、こちらで書いたものを読んでもらってから判断する、ということになった。
うまくいけば、この前のブログで呼びかけた「日本企業がインドネシアでどのような役割を果たし、どう貢献しているのか」をインドネシア語で発信する場を確保できそうである。しかも、うまくいけば、系列の地方紙にも転載されるようだ。
さあ、これから、である。
2013年5月14日火曜日
発信力を強化せよ
5月8日の第1回日本インドネシア経営者会議」で、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長が、「日本企業よ、発進力を強化せよ」と何度も力強く強調していたのが印象的だった。
ソフィヤン会長は、これまで長年にわたり、日本企業のよきパートナーであり、理解者である。彼は日本企業がこれまでのインドネシアの経済発展に多大な貢献をしてきたことを深く理解している。それをもっと、インドネシア社会にアピールすべきではないか、と呼びかけたのである。
何度かお会いし、お話をしたこともあるソフィヤン会長の気持ちは、察するにあまりある。日本に擦り寄るのではなく、かといって日本を利用して自分が、というのでもなく、パートナーとして、互いに確かな信頼を持って、ウィン・ウィンの関係を築きたい、というメッセージと受けとめた。
インドネシアの市場には、二輪車や自動車をはじめ、様々な日本製品があふれている。インドネシアの人々は意外に品質にこだわる。安ければいい、というマーケットでは必ずしもない。しかし、同じ価格帯のモノであれば、品質のよいほうを選び、同じ品質のモノであれば、価格の安いほうを選ぶのは、当たり前のことであろう。
そうやって、たまたま選ばれたのが日本製品だった、ということではないか。日本が好きだから、日本製品を信じているから、インドネシアの人々が日本製品を選んでいるのでは必ずしもないと考える。
しかし、日本製ならば必ず売れる、みんな日本が好きだから、と思い込んでいる向きは決して少なくない。日本を前面に出しているから売れるとは限らない。基本は、いいものを安く、というシンプルな原則である。
実際、日用品や家庭用品でかなりの市場シェアを持っている日本製品について、現場で話を聞くと、人々は必ずしも日本製とは意識していない。日本製と知らないケースも少なくない。彼らは、安くて品質の良いものだから購入しているのである。
フォーラムでは、ユニチャームの高原社長の講演も興味深かった。まず、一般家庭が家計のどれだけを生理用品や紙おむつに支出するかを調べると、わずか5%しか支出しない。一般家庭の平均月収から算出して、その5%内に収まるように製品の価格設定をする。売り方も一回分を小口でバラ売りする。村々までそうやってマーケティングをして、製品を浸透させていく。
しかし、そこで「日本だから」は売り文句にしていない。売り文句にする必要はないし、「日本製品は高い」と思い込んでいる消費者にかえって不信感を与えることになってしまうかもしれない。ユニチャームのやり方は、極めてオーソドックスで、当たり前に思えた。
それでも、日本企業との付き合いもあるであろう同フォーラムの参加者から、「日本企業は閉鎖的でよく分からない」という声を聞いたのは、今さらながら軽い驚きであった。そのイメージこそが、外国(日本)企業はインドネシアにやってきてコストを抑えて生産し、利益はすべて本国へ持ち帰ってインドネシアには何のメリットもない、というステロタイプ化したイメージを植えつけてしまう。
ソフィヤン会長は「日本企業よ、発進力を強化せよ」と訴えた。それは、「日本だから、を強調せよ」という話では必ずしもない。日本からインドネシアに進出して、インドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、それを淡々と発信すればよいのである。日本というイメージの陰にある、自分の顔を見せて欲しい、ということである。日本で、日本社会にどう貢献してきたのか、日本の人々にとってどのように役立ってきたのか、それを考えてこなかった日本企業はほとんどないと思う。インドネシアでも、それと同じことをすればいいだけの話、ではないだろうか。
日本企業の方々に個人的な提案がある。
日本からインドネシアに進出して、自分の企業はインドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、を、日本語でよいので、1〜2枚程度書いてみて欲しい。そして、それを私あてに送って欲しい。
それを基に、私は、自分のブログやFacebook、できれば地元新聞コラム等を通じて、インドネシア語でインドネシア社会へ発信する。ささやかながら、日本企業の発進力強化のお手伝いをさせていただきたいのである。
まずは、書いてみて欲しい。そして、それを私の個人アドレス(matsui01@gmail.com)へ送って欲しい。
微力だと思う。しかし、何もしないよりはよいだろう。少しずつ、少しずつ、我々がインドネシアで、インドネシアと何かをよりしていきやすい環境を作ることに関わっていきたい。
ソフィヤン会長は、これまで長年にわたり、日本企業のよきパートナーであり、理解者である。彼は日本企業がこれまでのインドネシアの経済発展に多大な貢献をしてきたことを深く理解している。それをもっと、インドネシア社会にアピールすべきではないか、と呼びかけたのである。
何度かお会いし、お話をしたこともあるソフィヤン会長の気持ちは、察するにあまりある。日本に擦り寄るのではなく、かといって日本を利用して自分が、というのでもなく、パートナーとして、互いに確かな信頼を持って、ウィン・ウィンの関係を築きたい、というメッセージと受けとめた。
インドネシアの市場には、二輪車や自動車をはじめ、様々な日本製品があふれている。インドネシアの人々は意外に品質にこだわる。安ければいい、というマーケットでは必ずしもない。しかし、同じ価格帯のモノであれば、品質のよいほうを選び、同じ品質のモノであれば、価格の安いほうを選ぶのは、当たり前のことであろう。
そうやって、たまたま選ばれたのが日本製品だった、ということではないか。日本が好きだから、日本製品を信じているから、インドネシアの人々が日本製品を選んでいるのでは必ずしもないと考える。
しかし、日本製ならば必ず売れる、みんな日本が好きだから、と思い込んでいる向きは決して少なくない。日本を前面に出しているから売れるとは限らない。基本は、いいものを安く、というシンプルな原則である。
実際、日用品や家庭用品でかなりの市場シェアを持っている日本製品について、現場で話を聞くと、人々は必ずしも日本製とは意識していない。日本製と知らないケースも少なくない。彼らは、安くて品質の良いものだから購入しているのである。
フォーラムでは、ユニチャームの高原社長の講演も興味深かった。まず、一般家庭が家計のどれだけを生理用品や紙おむつに支出するかを調べると、わずか5%しか支出しない。一般家庭の平均月収から算出して、その5%内に収まるように製品の価格設定をする。売り方も一回分を小口でバラ売りする。村々までそうやってマーケティングをして、製品を浸透させていく。
しかし、そこで「日本だから」は売り文句にしていない。売り文句にする必要はないし、「日本製品は高い」と思い込んでいる消費者にかえって不信感を与えることになってしまうかもしれない。ユニチャームのやり方は、極めてオーソドックスで、当たり前に思えた。
それでも、日本企業との付き合いもあるであろう同フォーラムの参加者から、「日本企業は閉鎖的でよく分からない」という声を聞いたのは、今さらながら軽い驚きであった。そのイメージこそが、外国(日本)企業はインドネシアにやってきてコストを抑えて生産し、利益はすべて本国へ持ち帰ってインドネシアには何のメリットもない、というステロタイプ化したイメージを植えつけてしまう。
ソフィヤン会長は「日本企業よ、発進力を強化せよ」と訴えた。それは、「日本だから、を強調せよ」という話では必ずしもない。日本からインドネシアに進出して、インドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、それを淡々と発信すればよいのである。日本というイメージの陰にある、自分の顔を見せて欲しい、ということである。日本で、日本社会にどう貢献してきたのか、日本の人々にとってどのように役立ってきたのか、それを考えてこなかった日本企業はほとんどないと思う。インドネシアでも、それと同じことをすればいいだけの話、ではないだろうか。
日本企業の方々に個人的な提案がある。
日本からインドネシアに進出して、自分の企業はインドネシアにどのような貢献をしてきたのか、インドネシアの人々にとってどのように役に立ってきたのか、を、日本語でよいので、1〜2枚程度書いてみて欲しい。そして、それを私あてに送って欲しい。
それを基に、私は、自分のブログやFacebook、できれば地元新聞コラム等を通じて、インドネシア語でインドネシア社会へ発信する。ささやかながら、日本企業の発進力強化のお手伝いをさせていただきたいのである。
まずは、書いてみて欲しい。そして、それを私の個人アドレス(matsui01@gmail.com)へ送って欲しい。
微力だと思う。しかし、何もしないよりはよいだろう。少しずつ、少しずつ、我々がインドネシアで、インドネシアと何かをよりしていきやすい環境を作ることに関わっていきたい。
お詫び:5月9日付ブログの訂正
5月9日付ブログは、「国内唯一の産業廃棄物処理施設」というタイトルで書きましたが、その後、同企業の方から、「国内唯一の産業廃棄物向け最終処分場」というのが正しい、とのご指摘を受けました。インドネシア国内には、焼却や(廃油等の)再利用施設ほか、中間処理施設は複数存在するとのことです。
このご指摘に従って、5月9日付ブログのタイトルと中身を訂正しました。読者の皆様に謹んでお詫び申し上げます。
T様、ご指摘をいただき、誠にありがとうございました。
このご指摘に従って、5月9日付ブログのタイトルと中身を訂正しました。読者の皆様に謹んでお詫び申し上げます。
T様、ご指摘をいただき、誠にありがとうございました。
2013年5月11日土曜日
日本側の思い込み病
5月8日、ジャカルタで日経BP社とKompas Gramedia Groupの主催による「第1回日本インドネシア経営者会議(The 1st Indonesia-Japan Business Forum)」に出席した。
会議は日本語・インドネシア語の同時通訳で行われ、会場のケンピンスキーホテルには、多くの方々が集っていたが、残念ながら、日本側に比べて、インドネシア側の出席者の数が大幅に少なかった。一つのテーブルに6人いると、インドネシア人の出席者は1人、という感じだった。
タイトルは「生活革命」。インドネシアの消費市場に大きな変化が起きており、それをうまく取り込んで業績をどのように上げていくか。果敢に攻めるいくつかの日本企業のトップにお話をうかがうというのがメインであった。
一言でいうと、いかにインドネシア市場の現実を知るか、ということにつきる。よそから来た者が自分に都合のいい現実を探し、それに合わせるようにマーケットへ強要しても、マーケットがそれに反応するとは限らない。一度、真っ新な気持ちになって、インドネシア市場の現実から学ぶ姿勢が重要であろう。
日本でうまくいったものが、インドネシアでうまくいくとは限らない。それは、日本国内で、関東でうまくいったものが関西で必ずしもうまくいかないのと同じである。基本中の基本である。しかし、日本とインドネシアの関係になると、なぜか、日本でうまくいったものはインドネシアでも必ずうまくいくはず、だって日本のほうが製品の品質が優れているから、という話が聞こえてくる。それは、単なる思い込みにすぎない。
思い込み病は日本企業に限らない。私が研究所に勤めていた頃、理論に基づいて論文を書いた方に「現実はこうなっている」といくら説明しても、「そうなるはずがない」とわかってもらえなかった。私のような地域研究者は理論面が弱い、というのは認めるにしても、だからといって現実を見ないというのは、たとえ理論研究者であっても、許されることではないと思ったものだ。
また、援助専門家として働いていたときに、「インドネシア側はこのように変わった」といくら担当者に言っても、「あいつらがそんな風に変わるはずがない。うそだよ」と相手にされないどころか、担当者から疎まれた。「あいつら」という言葉にもびっくりしたが、せめて、その人には、自分が経験したインドネシアの実際の話をしてもらいたかった。ほとんどインドネシアの方とはお付き合いのない方だったからである。
思い込み病の患者さんたちは、その予備軍ともいえる方々に同意を求め、患者さんたちで閉じられたグループを作る傾向がある。そして、事あるごとにそれが「正しい」ことを、彼らの狭い世界で確認し合う。その間に、現実はどんどん変わっていく。早く気がつけば、現実に向き合って修正することもできるが、遅くなってしまうと、間違った認識を持ってきたことを素直に認められなくなり、逆に意固地になってしまうことさえある。
ビジネスの世界は正直である。意固地になったところに対して、現実は寛容に対応してはくれない。インドネシアは寛容だといわれるが、ビジネスの世界で甘めに見てもらえることはない。思い込み病が悪化した日本企業は、「こんなはずじゃなかった」状態に陥ってしまうだろう。
思い込み病は、実は、インドネシアでの自分たちの外の世界へ向けての発信力不足にも関わってくる。「第1回日本インドネシア経営者会議」で発言した数少ないインドネシア側スピーカーの一人、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長が何度も強調していたのが、「日本企業よ、発進力を強化せよ」だった。
これについては、別のブログで改めて論じたいと思う。
会議は日本語・インドネシア語の同時通訳で行われ、会場のケンピンスキーホテルには、多くの方々が集っていたが、残念ながら、日本側に比べて、インドネシア側の出席者の数が大幅に少なかった。一つのテーブルに6人いると、インドネシア人の出席者は1人、という感じだった。
タイトルは「生活革命」。インドネシアの消費市場に大きな変化が起きており、それをうまく取り込んで業績をどのように上げていくか。果敢に攻めるいくつかの日本企業のトップにお話をうかがうというのがメインであった。
一言でいうと、いかにインドネシア市場の現実を知るか、ということにつきる。よそから来た者が自分に都合のいい現実を探し、それに合わせるようにマーケットへ強要しても、マーケットがそれに反応するとは限らない。一度、真っ新な気持ちになって、インドネシア市場の現実から学ぶ姿勢が重要であろう。
日本でうまくいったものが、インドネシアでうまくいくとは限らない。それは、日本国内で、関東でうまくいったものが関西で必ずしもうまくいかないのと同じである。基本中の基本である。しかし、日本とインドネシアの関係になると、なぜか、日本でうまくいったものはインドネシアでも必ずうまくいくはず、だって日本のほうが製品の品質が優れているから、という話が聞こえてくる。それは、単なる思い込みにすぎない。
思い込み病は日本企業に限らない。私が研究所に勤めていた頃、理論に基づいて論文を書いた方に「現実はこうなっている」といくら説明しても、「そうなるはずがない」とわかってもらえなかった。私のような地域研究者は理論面が弱い、というのは認めるにしても、だからといって現実を見ないというのは、たとえ理論研究者であっても、許されることではないと思ったものだ。
また、援助専門家として働いていたときに、「インドネシア側はこのように変わった」といくら担当者に言っても、「あいつらがそんな風に変わるはずがない。うそだよ」と相手にされないどころか、担当者から疎まれた。「あいつら」という言葉にもびっくりしたが、せめて、その人には、自分が経験したインドネシアの実際の話をしてもらいたかった。ほとんどインドネシアの方とはお付き合いのない方だったからである。
思い込み病の患者さんたちは、その予備軍ともいえる方々に同意を求め、患者さんたちで閉じられたグループを作る傾向がある。そして、事あるごとにそれが「正しい」ことを、彼らの狭い世界で確認し合う。その間に、現実はどんどん変わっていく。早く気がつけば、現実に向き合って修正することもできるが、遅くなってしまうと、間違った認識を持ってきたことを素直に認められなくなり、逆に意固地になってしまうことさえある。
ビジネスの世界は正直である。意固地になったところに対して、現実は寛容に対応してはくれない。インドネシアは寛容だといわれるが、ビジネスの世界で甘めに見てもらえることはない。思い込み病が悪化した日本企業は、「こんなはずじゃなかった」状態に陥ってしまうだろう。
思い込み病は、実は、インドネシアでの自分たちの外の世界へ向けての発信力不足にも関わってくる。「第1回日本インドネシア経営者会議」で発言した数少ないインドネシア側スピーカーの一人、インドネシア経営者協会(APINDO)のソフィヤン・ワナンディ会長が何度も強調していたのが、「日本企業よ、発進力を強化せよ」だった。
これについては、別のブログで改めて論じたいと思う。
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