2014年7月23日水曜日

大統領選挙結果発表が終わって

7月22日、総選挙委員会は大統領選挙開票結果を発表し、ジョコウィ=カラ組が勝利したことを確定した。

これに先立ち、対立候補ペアのプラボウォ=ハッタ組は、総選挙開票プロセスに様々な問題があるとして、大統領選挙自体の有効性に疑問を呈し、大統領選挙から引く(tarik diri)と発表した。その後、大統領選挙から辞退(mengundurkan diri)したわけではないとの弁明が出たり、「結果を問題にしているのではなくプロセスを問題にしているのだ」という発言が出たりして、プラボウォ=ハッタ組のなかで混乱が生じている。

この状況を、日本のマスコミも含めた多くの人々は、「プラボウォが負けを認めたくないのだ」「事実上の敗北を認めたのと同じことだ」と色々に捉えた。

大統領選挙の開票プロセスを問題にしたということは、プラボウォ=ハッタ組は総選挙委員会を批判・敵視したということである。実際、大統領選挙開票結果の発表に対して、プラボウォ=ハッタ組は証人を送らなかったし、陣営の誰も出席しなかった。

プラボウォ=ハッタ組は、不正があったと思しき投票所での投票のやり直しや開票のやり直しを求めている。これに対して、総選挙委員会は、不正があったという証拠をプラボウォ=ハッタ組に求めているが、これが証拠だというものがメディアには明確に現れてこない。それをもって、プラボウォ=ハッタ組には、憲法裁判所へ不服申立を行うよう求められている。当初は憲法裁判所へ不服申立しないという声も聞こえたものの、結局、プラボウォ=ハッタ組は不服申立を行なった。

これらの一連の不服行動で目につくのは、副大統領候補だったハッタの姿が見当たらないことである。プラボウォ=ハッタ組の名前で行動しているのだが、ハッタがいないのである。これにはいろいろな憶測が流れているし、ハッタ自身は、総選挙委員会での開票結果を尊重する旨の発言を行ったとされている。

プラボウォが「大統領選挙から引く」と演説した件についても、内部では誰がそれを進言したのかであたふたしている。ゴルカル党重鎮のアクバル・タンジュン元党首だという声が上がると、アクバルは「自分ではなく陣営内の法律チームだ」という始末。どうやら、「大統領選挙から引く」とプラボウォに演説させたこと自体が戦略的に間違っていたのではないかとの疑念が上がっている様子だ。

要するに、プラボウォ周辺は、総選挙委員会の開票プロセスや開票結果について反論し、自らが真の勝者であることを証明することにあまり自信がなさそうな気配がある。800万票の差を覆すには、どのような手法がありうるのか。現実的にそれは無理なのではないか。時間が経てば経つほど、プラボウォの周辺から機会主義的な政治家たちが去って行くことであろう。プラボウォを支えようという熱は急速に冷めつつある。

ブラックキャンペーンやネガティブキャンペーンも含めて、自分に有利なように事実を作り替えるという戦略、そうやって国民を洗脳できるという戦略は、ある意味、国民を愚弄し馬鹿にした戦略だったともいえる。この場に至っても、ジョコウィへの誹謗中傷攻撃は止んでいない。

シンガポールなど海外に多数のジョコウィ夫妻の隠し口座があるという怪文書が現れている。そんな話がまだ通じると思っている、それで世論を反ジョコウィへ転換できると思っている浅はかさこそが、今回のプラボウォ=ハッタ組とそれにすがった旧来エリートたちの態度を象徴している。

メディアは、嬉々としてジョコウィ「新大統領」を追いかけ回している。他方、どんな手段を使ってでも、どんなに資金をつぎ込んででも、大統領になろうと執念を燃やしたプラボウォは、「大統領選挙から引く」という発言によってかえって政治家としての未熟さを露呈させ、自滅の方向へ進んでしまった感がある。あの場で「敗北」という結果を受け入れ、自身が党首を務めるグリンドラ党を健全野党として育成するという姿勢を見せていれば、今頃、彼は素晴らしい人物だと賞賛されていたことであろう。

一部で懸念された暴動のような事態は、今回は起こらなかった。法規や手続きに従って物事を進めなければならないということが国民の間にしっかり浸透したことに加えて、騒ぎを起こしても国民の多くの支持を得ることはない、昔のようなすぐ暴動の起こるインドネシアへは戻りたくない、もう戻ることなどありえない、そんな空気が、経済発展の続くインドネシアで社会全体に共有されているのだと筆者は感じていた。

ジョコウィになったからといって、インドネシアのすべてがよりうまくいくとは限らない。旧来エリート層とのせめぎ合いは続くだろうし、経済が発展したからこその新たな困難な問題も多発するだろう。それを権力者が魔法使いのように解決してみせる時代が終わったことを国民は意識していくことだろう。

国民がデマや嘘情報で操作される時代は終わり、問題解決にあたって国民も傍観者として済ませるわけにはいかない時代に入ったのかもしれない。スハルト時代から言われてきた「浮遊する大衆」(floating mass)という、権力者の統治概念が変わり始めたともいえる。

2014年7月21日月曜日

スラバヤへ戻る

日本の各所での講演等を終えて、7月19日にスラバヤへ戻った。

今回は、新設のガルーダ・インドネシア航空の羽田夜0:30発のジャカルタ行きに乗り、ジャカルタでトランジットしてから、スラバヤへ戻った。この便は、全日空とのコードシェア便でもある。

羽田空港では、三連休をバリなどで過ごすと思しき家族連れやサーフボードを抱えた若者たちが並んでおり、インドネシア人らしき客は数人だけだった。何となく場違いな雰囲気を感じつつ、チェックイン。

すると、こちらから何もお願いしていないのに、ビジネス・クラスへアップグレードしてくれるという。ただし、席のみで、食事はエコノミー、という話。ガルーダ・マイルズのゴールドEC+会員だからなのかもしれない。

夜行便で、フラットシートになるビジネス・クラスへのアップグレードは、本当にラッキー以外の何物でもない。搭乗すると、2つに分かれたビジネス・クラスの客室には、私以外に乗客は一人しかいない。なのに、わざわざその乗客と隣どおしに座らされている。

ほどなく、スチュワーデスがやってきて、「空いているので、どこでもお好きな席へどうぞ」と言ってくる。そこで、いびきでもかいたら隣人に迷惑だろうと思い、他の席へ移動した。

夜食をお断りし、さっそく、フラットシートにして寝る。これはよい。エコノミーのディスカウントなのに、夜行便でフラットシートとは。夜行便にしてはかなりしっかり眠ることができた。

ジャカルタ到着の2時間前に朝食を用意すると言っていたが、持ってきてくれたのは1時間半前だった。乗客が少なく、寝ている私をギリギリまで起こさずに待ってくれたということか。トイレに行こうとすると、別のビジネス・クラスの席で、スチュワーデスがイスラム教の礼拝をしていた。

朝食は期待していなかった。当然、エコノミーと同じものが出るのだろうと思っていた。ところが、食事もビジネス・クラスのものだった。以前、ジャカルタの「父」を日本へ連れて行ったときに、ガルーダ・インドネシアのビジネス・クラスの食事に感嘆したのだが、それにまた出会えるとは。

朝食は、まず、ちょっと凝ったお粥。前回のタピオカ粥のほうが数段上。


次はオムレツ。添えられたポテトは今回のほうが美味しかった。


最後は、イチゴとクリームのデザート。甘い。レモングラスらしき葉っぱが真ん中に立っているのがおしゃれ、なのかな?


慌ただしく着陸準備に入り、午前6時に無事ジャカルタ到着。朝早いためか、到着時査証(Visa on Arrival)のカウンターも長期一時滞在許可証(KITAS)保持者向けのカウンターも閉まっていて、係員がいない。到着時査証が必要な乗客は戸惑っている様子。

KITAS保持者の私は、係員の指示に従って、そのままメインカウンターへ行き、難なく入国審査を終了。

羽田で預けたスーツケースは、税関申告がないのでそのままスラバヤまでスルーで行けるはずだが、ガルーダの職員が念のために確認してくれる。スーツケース無しで税関のグリーンランプを通り過ぎ、出口へ出ようとすると、左側に、トランジット用の入口が。そこを通って、外へいったん出ることなく、国内線出発カウンター・ロビーを通り抜け、エスカレーターで2階の出発階へ進む。

なかなかスムーズだった。対照的だったのが、日本へ行くときにトランジットしたバリのデンパサール空港。スラバヤから国内線で着き、国際線ターミナルへどう行けばいいのか、表示板が見当たらない。「私が案内しましょう」と何人もの若者が寄ってくる。空港は新しいが、当面は、デンパサールでのトランジットは避けたいと思った。

空港設備の悪名高きジャカルタのほうが乗換はスムーズだった。もっとも、人があまりいない朝だったということもあるのだろうが。

ラウンジで少し休み、1時間遅れのガルーダ便でスラバヤへ午前10時過ぎに到着した。

レバランにはまた、インドネシアから国外へ飛ぶ。久々の全く仕事なしの旅行。それまで1週間、スラバヤの予定だ。

2014年7月12日土曜日

大統領選挙投票日を過ぎて

7月9日のインドネシア大統領選挙投票日は、投票自体は大きな混乱もなく終わることができたが、予想通り、両陣営がともに勝利宣言をする事態となった。

これまで度重なる選挙でクイックカウントを行なってきた調査会社は、こぞってジョコウィ=カラ組の勝利と伝えたが、そのほとんどは、ジョコウィ=カラ組に与した立場を採ってきた。他方、プラボウォ=ハッタ組の勝利と伝えるクイックカウントを行なってきた調査会社は無名で、かつて南スマトラ州知事選挙の際にクイックカウントの数字を偽造した疑いのある会社や、陣営の選対関係者が関わっているとされる会社が含まれていた。

ここで危惧されるのは、これまでの選挙で培われてきたクイックカウントへの信頼が今回の大統領選挙で失われるのではないかということである。誹謗・中傷を含めた情報戦のなかで、クイックカウントまでもがその一端になってしまう可能性が明確に現れたからである。

その意味で、国営のインドネシア共和国ラジオ(RRI)が今回、クイックカウントを行なったことは注目される。RRIのクイックカウントは中立とみなされたからである。このRRIのクイックカウントの結果はジョコウィ=カラ組の勝利を伝え、これまで何度もクイックカウントを行なってきた有名調査会社のそれと変わらなかったことで、それら有名調査会社のプロフェッショナル度が逆に確認されることになった。

プラボウォ=ハッタ組が「クイックカウントはヤラセだ」と主張しても、RRIの存在により、辛うじて中立性が保たれた形になっている。

筆者の長いインドネシア・ウォッチ経験から言うと、これまで、「ヤラセだ」と相手を非難する側こそがヤラセを行なっているケースが極めて多かった。それは、自らが責められる前に相手を責めるための方便である。自らに有利なように情報操作をしているのだが、相手からそう指摘される前に、「相手が自分に有利なように情報操作している」と先制して非難をするのである。

今回も、どうやらそのような展開だったと推察できる。プラボウォ=ハッタ組の勝利を伝えたクイックカウントのデータの信ぴょう性が次々に暴かれている。彼らの勝利を最後まで伝えてきた民間テレビTV Oneは、信ぴょう性への疑問が高まったためか、株価が下落し、途中でプラボウォ=ハッタ組優勢のクイックカウントを流すのをやめてしまったらしい。

本当にそうなのか、圧力をかけるためにジョコウィ支持者が同株を売りまくったのか、真相はわからないが、実際、選挙運動期間中のTV Oneのプラボウォ=ハッタ組への偏向、ジョコウィへの攻撃ぶりには目に余るものがあった。ずっと見続けていると、容易に洗脳されてしまうような錯覚に陥った。もちろん、ジョコウィ=カラ組を支持する内容を流し続けたMetro TVも偏向していたが、相手への攻撃という観点からすると、TV Oneのほうが遥かにすごかった。

しかし、それを客観的に計測できない以上、メディアはTV OneとMetro TVを両成敗せざるを得なかったのである。

プラボウォ=ハッタ組は、クイックカウント攻勢での劣勢のなか、福祉正義党(PKS)の末端組織を使って情報を集め、「リアルカウント」の結果を発表し始めた。そして、そのリアルカウントでは、プラボウォ=ハッタ組の勝利を示し続けている。ところが、この数字が投票日よりも前に出された予測値に似通っているとの指摘も出ている。

ジョコウィ=カラ組も「リアルカウント」の結果を集計し始めた。当然、こちらではジョコウィ=カラ組の勝利という結果を出している。

情報操作合戦は、クイックカウントから「リアルカウント」へと移っている。

投票所レベルでの集計表は、総選挙委員会(KPU)のホームページにスキャンされたファイルで表示されていて、誰でも見られるようになっていた。ところが、そのなかに、両陣営の片方しか証人のサインのないものや、集計数字の合わないものなどが発見された。KPUは単なる技術ミスとしているが、不正の可能性がすでに指摘されている。理由は定かではないが、7月12日夜時点で、その投票所レベルでの集計表データがウェブ上で見られなくなった。

KPUは7月22日に最終得票結果を発表するが、7月10〜12日に村落レベル、13〜15日に郡レベル、16〜17日に県・市レベル、18〜20日に州レベルで集計作業が行われる。全国レベルの集計は20〜22日に行われる。

このそれぞれの過程で結果が出る前に、何らかの票操作が行われる可能性がある。なぜならば、今回の選挙で、少なからぬ行政の長がプラボウォ=ハッタ組への支持を明確にしており、その影響を確実に排除できるかどうかに疑問符が生じるからである。彼らもまた、ジョコウィが大統領になった場合に既得権益が維持できるかどうか、不安を抱く側にいる。他方、ジョコウィ=カラ組も何らかの票操作を行う可能性が絶対ないとは言い切れない。これらを監視するためにも、両陣営による「リアルカウント」の情報収集と票操作への監視が不可欠になるのだろう。

たとえば、マレーシアでは、投票所投票(9008票)でジョコウィ=カラ組が53.46%の得票で勝ったが、郵送投票では、プラボウォ=ハッタ組が3万9671票でジョコウィ=カラ組の3709票を圧倒した。その結果、合計では、プラボウォが4万3770票(得票率83%)で圧勝した。これをどう読むのか。投票所投票と郵送投票でこれほど極端に差がつくものなのか。

様々な状況で不利なはずのプラボウォ=ハッタ組の自信が気になる。すでに、「勝利」のための何らかのシナリオを用意しているのだろうか。ジョコウィ=カラ組も同様にシナリオを用意していることだろう。表面的な動きはあまり目立たないが、7月22日までに全国の隅々で起こる開票結果の正当性の確認作業が重要になる。

2014年7月9日水曜日

大統領選挙投票日前夜

7月5日から日本へ帰っている。私の知り合いのほとんどの日本人インドネシア政治研究者は今、ジャカルタに集結しているようだ。いつも自分は他人と違う行動を採るのが性分のようだ。

これまでずっと大統領選挙をめぐる動向を追いながら、情報というものについていろいろと考えていた。捏造・偽造情報を流したり、重箱の隅をつつくように小さなゴシップを大きな過ちとして大きく騒ぐようなことは、これまでの選挙ではあまり露骨に現れなかった。そして、それらを専門にやり続けながら、報酬をもらっている奴がいることを想像した。

インドネシア人は他人の間違いを詮索したり、揚げ足を取ったり、フォトショップを使って写真を偽造したり、根も葉もない噂をわざと流して他人を貶めたりすることに、こんなにも労力とエネルギーを使うことを厭わないのか、と悲しくなった。これだけの労力とエネルギーと「想像力」をもっとプラスに使えば、インドネシアはもっと活力のある良い国になっていくはずだと思い続け、インドネシアの友人たちへ向けてその気持ちをインドネシア語でツイートしてきた。

今回の大統領選挙はそういう選挙だった。情報合戦や心理戦争にどちらの陣営が屈するかの勝負だった。派手にやったのはプラボウォ陣営である。陣営が直接指揮した形をあえて採ってはいないが、ジャワ島のプサントレン(イスラム寄宿学校)へジョコウィを誹謗中傷したタブロイドをくまなく流すには、プサントレンの住所リストを持った宗教省、大量のそれを送付したバンドン中央郵便局などの、少なくとも間接的な協力がなければ不可能である。

プラボウォの個人レターが学校経由で教師へ送られた件も、教育文化省などによる学校の住所リストがなければ不可能である。

ジョコウィへの誹謗中傷は、目を覆いたくなるほどであった。実は華人だ、キリスト教徒だ、父親はシンガポールの金持ちだ、インドネシア共産党員の子供だ、といった話が次々に出され、死亡広告まで流された。温厚で感情を表に出さないジャワ人のジョコウィも相当に頭にきていた様子で、法的措置を関係機関へ求めたが、警察などの動きは予想以上に慎重だった。

他方、プラボウォへの批判は、彼の過去の人権侵害疑惑に集中した。とくに、1998年の活動家拉致事件やジャカルタ暴動への関与の疑いが題材となった。こちらは、本当の真実かどうかは別にして、軍のなかでプラボウォに対する措置が採られ、軍籍から離脱させられたという事実がある。プラボウォ側はその事実が嘘であって真実ではないと主張するが、彼がそのように軍から扱われたというのは、真実かどうかは別として、事実である。プラボウォ側はこれを誹謗・中傷とし、ジョコウィへの誹謗・中傷と同じレベルの話として、メディアなどで取り扱われるように仕向けた。

しかし、これは作り話と事実(真実かどうかは定かではない)との違いであって、誹謗・中傷の同列で扱えるものではない。だが、「中立」を装おうとするメディアは、それを並列で扱った。事実をねじ曲げて嘘話を捏造して流布させたプラボウォ側のほうがはるかに悪質と言わざるをえない。

5回のテレビ討論をすべて見た。内容的には中身の乏しい議論に終始したが、何か一つでも新しいことを言おうとするジョコウィ側と、テレビを通じて自分の強い指導者イメージを植え付けようとするプラボウォ側とがかなり対照的だった。そして、テレビ討論を見ている限りでは、プラボウォ側に考察の浅さと中身のなさが浮き彫りになり、果ては、ジョコウィ側の主張に同意を繰り返すことも度々だった。個々の議論は甲乙あるが、5回全体で見ると、ジョコウィ側の勝ちであった。

それでも、メディアはプラボウォの支持率が急速に上昇し、ジョコウィと僅差になったと報じる。筆者はそれが正直理解できなかった。プラボウォが選挙戦を通じて、なにか新しい画期的な主張をした記憶はない。「国富の漏れ」の話を繰り返すだけで、それを塞いでどのように効率的な政府を作るのか、政治マフィア間で山分けされないような仕組みをどう作るのか、彼は一言も話していなかった。それなのに、急速に支持率を上げているという。その理由は、ブラック・キャンペーンやネガティブ・キャンペーンを通じ、誹謗・中傷を広めることで、ジョコウィの支持率を落とす以外に理由は考えられなかった。加えて、一部ではかなり露骨にプラボウォ支持への強制や脅迫が行われているという話も伝わった。

もしこれでプラボウォが当選したら、プラボウォは嬉しいのだろうかと思った。相手を貶め、嘘八百の情報を流し、誹謗・中傷を繰り返した末に当選して、誇りを持てるのだろうか、と。プラボウォの周りには、「どんな手段を使ってでも勝てばいい」と公言する政治家も多数いる。彼らにとっては、自分の利益を守り、注ぎ込んだ資金の回収のためには、どうしても何が何でもプラボウォに勝ってもらわなければならないのである。そこには、モラルとか宗教上の教えなど、関係なくなっているのである。インドネシア人の友人は「この病気は相当に重い」と評した。

数日前から、一足早く海外で大統領選挙の投票が行われたが、その結果が伝わるなかで、風向きが大きく変わりだした。投票所の出口調査で、ほとんどの国でジョコウィが予想以上に票を取ったのである。その結果がメディアに乗り出すと、今度は、ほとんどの国でプラボウォが勝ったという出口調査結果が出回り始めた。ところが、面白いことに、プラボウォが勝ったという結果はいつの間にか消えてしまった。ジョコウィが勝ったという情報のほうがどうも正しかった様子である。

そうか、この手法でプラボウォの支持率上昇を演出しようとしたのかもしれない。若者たちが次々に面白い支持ビデオを連発するジョコウィ側に比べて、相変わらず、プラボウォのような強い指導者が必要、という以上の主張ができていない。ジョコウィ側のような自発的な勝手連の動きはほとんどなく、政党や組織が上から抑える旧来のやり方に終始している。ジョコウィの真似をしてプラボウォ側の選対も市場などへ出かけるが、相変わらずそこでカネを配るなど、住民目線ということがまるで分かっていない。

住民をコントロール可能と思ったか、住民が自発的に動くことを求めたか。プラボウォ側とジョコウィ側の違いを一言で言えば、そうなる。誹謗・中傷を信じてジョコウィに投票しないように仕向ける、ゆるければ政党や組織を使ってでも強制する、それがプラボウォ側のやり方だった。他方、ジョコウィ側は、政党や組織で動くところもあったが、それに加えて自発的な勝手連が勝手に支持活動を行うに任せた。

住民が受動から能動へ変わる、そんな動きが見え始めたジョコウィ側の選挙戦だった。そんな彼らの動きを、まだまだカネで動くインドネシアのメディアは残念ながら追い切れていない。

プラボウォが勝ってもジョコウィが勝っても、その先のインドネシアには課題が山積している。しかし、それをどう解決していくか、住民がどう関わっていくのか。そのアプローチに関しては両者に大きな違いがある。

大統領選挙投票日前夜。既得権益を守りたいエリートとそうではない非エリートの戦いは、メディアが伝えるよりも意外に大きな差がつきそうな予感がする。

さて、それが当たるのかどうか。

2014年7月3日木曜日

お詫びと今後の日程

ここのところ、体調がすぐれなかったのと、原稿やプレゼン資料作成に集中していたため、ブログの更新ができずにいた。先週も今週もジャカルタへ出張し、1日ほとんどフルで埋まってしまい、疲労困憊状態だった。

ブログを書けずにいたことをお詫び申し上げたい。

今日(7月3日)はジャカルタである。今、ジャカルタは朝7時で、8時半からアポがあるため、今後の予定のみを以下に期しておきたい。

7月3日 夜、ガルーダ最終便でジャカルタからスラバヤへ戻り
7月4日 スラバヤ→デンパサール→
7月5日 →東京
7月10日 日経BPインドネシアビジネス基礎講座で講義
7月17日 名古屋で講演
7月18日 日刊工業新聞インドネシアセミナーで講演
7月19日 東京→ジャカルタ→スラバヤ

日本には、7月5〜18日に帰国する。上記以外の日程もかなり埋まりつつあり、講演以外は自宅でゆっくり、というわけにはいかなくなってしまった。これも性分なのかと、ちょっと自分を責めたりもする。

7月9日は、インドネシア大統領選挙投票日。激しい一騎打ちの選挙戦という現状からすると、投票終了後に、2組の候補ペアのいずれをも当選とするクイックカウントが出る可能性がある。

情報心理戦争状態となっていることを踏まえて、それをどう判断するか。翌10日には、それをプレゼンしなければならない。帰国してゆっくり日本の味を、温泉を、景色を楽しめるのは、もう少し後の別の機会になってしまいそうである。

2014年6月21日土曜日

MIWFと『ディポヌゴロ物語』

昨年に引き続き、6月5〜8日、マカッサルでマカッサル国際ライターズ・フェスティバル2014(Makassar International Writers Festival [MIWF] 2014)に顔を出してきた。

このイベントは、私も関わっているRuma'ta Art Spaceが毎年開催しているもので、今回で4回めになる。国内外および地元マカッサルの小説家、詩人、文学者などが集まり、様々なワークショップを実施している。

今回は、東インドネシアの若手ライター6人が発表するセッションのスポンサー役を個人で引き受けた。彼らはなかなか個性的で、しっかりした考えの持ち主だった。


彼らのワークショップでは、彼らの地元に対するアイデンティティについて質問したが、ローカルであることをことさらに意識して自分の作品に盛り込もうとすることもなく、自分の身の回りの日常を淡々と語る姿がなかなか頼もしかった。

今回のMIWF2014の目玉の一つは、ジャワ戦争で宗主国オランダに対して反乱側の指導者となったディポヌゴロ王子(スルタン・ハメンクブウォノ3世の長男)の物語であった。

6月5日夜、ディポヌゴロ研究の第一人者であるオックスフォード大学のピーター・カレー教授(Dr. Peter B. R. Carey。現在、インドネシア大学文学部非常勤教授)の主宰で、ジョグジャカルタのランドゥン・シマトゥパン(Landung Simatupang)氏のグループが『ディポヌゴロ物語』(Babad Diponegoro)を、語りと音楽を交えたパフォーマンスとして演じた。なかなか見応えのある内容だった。


ディポヌゴロ王子は反乱の後、オランダに捕らえられ、マナドへ流された後、マカッサルに連れて来られ、マカッサルで亡くなった。まさに、今回のMIWF2014会場であるロッテルダム要塞で亡くなったのである。今回は、その話が題材となっていた。

ロッテルダム要塞には、ディポヌゴロ王子が囚われていたとされる牢屋がある。そこで亡くなったものと思っていたが、今回、ピーター教授の話で、亡くなったのは、要塞の左手奥の2階建ての建物の2階だったことが分かった。そこは今、要塞内の図書室として開放されており、学生や識者がよく利用している場所である。

ディポヌゴロ王子は、オランダによって家族とともにここに幽閉されていた。朝の散歩は認められていたが、要塞の外に出ることも、外部の者と接触することも、厳しく制限された。そしてここで『ディポヌゴロ物語』を執筆し、最期を迎えたのである。

パフォーマンスの最後は、ディポヌゴロ王子の最期を象徴する圧巻の舞が演じられた。そしてパフォーマンスは終了したのだが・・・。舞を演じていた男性の演技が止まらない。何かに憑かれたように、彼は演じ続ける。そう、彼はトランス状態になってしまったのである。あたかも、この場所で亡くなったディポヌゴロ王子の霊が乗り移ったかのように。

知人によると、このパフォーマンスではこういうことがよく起こるそうである。

翌日夕方、ピーター教授とランドゥン氏らは、ディポヌゴロ王子が亡くなった要塞内の図書室で儀礼を行うことになった。ディポヌゴロ王子の霊を慰め、鎮めるためであった。



儀式は30分程度で終わったが、ここでディポヌゴロ王子が最期を迎えたのかと思うと、何とも言えぬ気持ちになった。

ディポヌゴロ王子は、言わば、ジャワ世界とマカッサルとをつなぐ一つのシンボルである。オランダ植民地支配は、様々な種族を分断し、統一させないように統治したが、ディポヌゴロ王子がマカッサルへ流されてきたことで、逆に、ジャワとマカッサルが反オランダということで意識的につながる、そんな要素を間接的に創りだした、と言えなくもないような気がする。

今、ジャワ島のスラバヤに住み、マカッサルで『ディポヌゴロ物語』に出会ったことで、これまでとは違う新たなインドネシア像が自分の中に現れたような気がしている。

2014年6月16日月曜日

スラバヤの街角で、赤い帽子のおじいさんが

スラバヤの街角で、赤い帽子のおじいさんが、制服を着た屈強な男たち6〜7人に取り囲まれ、説教をされ、連れられてトラックに載せられ、どこかへ連れて行かれた。



ただ、それだけのことである。

様子を見ていたら、屈強な男の一人が説明してくれた。「見たらわかるだろ。オラン・ギラ(orang gila)だよ。放置しておいたら何するか分からない。危ないだろ」と。見たところ、おじいさんは酔っている様子も、また誰かに暴力をふるうような様子もない。

屈強な男は続けていった。「都市の景観を悪くするし・・・」と。ええっ、景観を悪くするという理由で、ちょっと「えへへ~」という感じでただ笑って座っているだけのおじいさんを街角から排除するのか・・・。

スラバヤは都市の景観を大事にする街として知られ、大通りには木々や花々が植えられて緑あふれている。清掃係が1日に何回も大通りを掃除している。見た目にはゴミの落ちていない、きれいな町である。

その一端は、異質なものを排除することで成り立っていたのである。スラバヤで見てはいけないものを見てしまったのだろうか。

多様性の中の統一を謳うこの国で起きている様々な少数派排除の動きのことを思った。多様性を強調する世界と「普通」から外れたものを排除する世界は、実は紙一重なのだ。いや、もっと言えば、表裏一体なのかもしれない。

いや、社会ではなく、我々自身にその両面性があるとはいえないだろうか。多様性の尊重をいう場合でもその許容できる範囲があり、その範囲を外れた異質なものを排除するのだ。スラバヤやインドネシア、もしかしたら日本も、許容できる範囲の大きさの差こそあれ、同じなのではないかと思った。

赤い帽子のおじいさんは、きっと、社会施設に連れて行かれ、家族がいるかどうか尋ねられ、いない場合はしばらくそこで引き取ってもらえているのだろう。そう信じたい。