2013年11月30日土曜日

ニューヨーク、シンガポール、メッカ

11月26〜29日、中ジャワ州のバンジャルヌガラ県とプルバリンガ県を訪問した。今回の出張の様子は、別途、このブログでお知らせする予定だが、今回は、バンジャルヌガラで出会ったニューヨークとシンガポールとメッカについてお知らせしたい。

バンジャルヌガラもプルバリンガも、中ジャワ州南西部の中心プルウォクルトからスマランへ抜ける街道沿いにある。プルウォクルトからプルバリンガまでは車で約30分、バンジャルヌガラまでは約1時間半であり、プルウォクルトから毎日通ってくる人も少なくない。

このため、バンジャルヌガラもプルバリンガも、泊まれるホテルが少ない。今回レンタルした車の運転手も、プルウォクルトまで戻って泊まることをしきりに勧めた。でも、ちょっと街の様子も見てみたいから、といって、バンジャルヌガラの3つ星ホテルに泊まることにした。

このホテルは、スルヤ・ユダ・パークの一角にあるスルヤ・ユダ・ホテルで、パーク内にウォーターボム・パーク、各種スポーツ施設、フィットネス、カラオケまで備えた一大エンターテイメント施設であった。


ホテル自体は、田舎のフツーのホテルだった。カラオケがうるさいといやなので、離れたスタンダードの部屋に泊まった。部屋は清潔だが、トイレは久々の便座にしゃがむ方式だった。インターネットはつながるという話だったが、実際にはつながらなかった。まあ、こんなものだろうと思う。ここまで来て、原稿書きをする人もいないだろう。

このなかに、ニューヨークとシンガポールとメッカがあった。


この3つが隣接しているとは、なんと便利なことだろう。言ってみれば、この3つ、自由の女神、マーライオン、カーバ神殿は、人々のあこがれの場所なのだろう。日本人がかつて、ハワイやグアムにあこがれたように。

話によると、土日や祝日は常に満室で、たくさんの来訪客で賑わうそうである。

スルヤ・ユダ・パークは、インドネシアの庶民がどのような娯楽エンターテイメント施設を望んでいるか、を体現した施設だといえる。それは、自分の個人的な趣味とはだいぶ違うが、何となく、日本の1970年代に各地に建設された、宿泊・食事・温泉・レジャーを含む観光施設と共通する何かがあるように感じる。

2013年11月26日火曜日

ジョグジャカルタ特別州の2014年各県・市の最低賃金

ジョグジャカルタ特別州の2014年各県・市の最低賃金は以下の通りである。


州名 県・市名 Provinsi Kab/Kota 2014UMK 2013UMK %
最低賃金 最低賃金 増加率
ジョグジャ ジョグジャカルタ市 Yogyakarta Kota Yogyakarta 1,173,300 1,065,247 10.14
ジョグジャ スレマン県 Yogyakarta Kab Sleman 1,127,000 1,026,181 9.82
ジョグジャ バントゥル県 Yogyakarta Kab Bantul 1,125,500 993,484 13.29
ジョグジャ クロンプロゴ県 Yogyakarta Kab Kulonprogo 1,069,000 954,339 12.01
ジョグジャ グヌンキドゥル県 Yogyakarta Kab Gunungkidul 988,500 947,114 4.37

ジョグジャカルタ特別州には現在、工業団地は存在しないが、スレマン県やバントゥル県の「工業地域」に指定された場所に、手袋や縫製品などの労働集約産業が立地している(以前のブログ「バントゥル県の水田に突如現れた工場」を参照)。

同州では、クロンプロゴ県にジョグジャカルタ新国際空港の建設を予定しており、その近くに工業団地も整備していく計画がある。ただし、空港建設に関しては土地収用をめぐって住民から反対の声が上がっている。

以前、ジョグジャカルタ特別州投資局でのヒアリングでは、大規模な製造業ではなく、同州の文化的イメージに適した、いわゆる創造産業(ソフトウェア、メディア、アニメなど)の立地を促したいという意向が示されていた。

西ジャワ州2014年各県・市の最低賃金

少し遅くなってしまったが、西ジャワ州の各県・市の2014年最低賃金が先週、以下のように決定した。


県・市名 Kab/Kota 2014UMK 2013UMK %
最低賃金 最低賃金 増加率
バンドン市 Kota Bandung 2,000,000 1,538,703 29.98
チマヒ市 Kota Cimahi 1,735,473 1,388,333 25.00
バンドン県 Kab Bandung 1,735,473 1,388,333 25.00
西バンドン県 Kab Bandung Barat 1,738,476 1,396,399 24.50
スメダン県 Kab Sumedang 1,735,473 1,381,700 25.60
スバン県 Kab Subang 1,577,956 1,220,000 29.34
プルワカルタ県 Kab Purwakarta 2,100,000 1,693,167 24.03
カラワン県(基本) Kab Karawang 2,447,450 2,000,000 22.37
カラワン県(繊維・皮革) Kab Karawang 2,484,162 2,030,000 22.37
カラワン県(第1グループ) Kab Karawang (Kelompok 1) 2,496,375 2,100,000 18.88
カラワン県(第2グループ) Kab Karawang (Kelompok 2) 2,624,000 2,200,000 19.27
カラワン県(第3グループ) Kab Karawang (Kelompok 3) 2,814,590 2,422,000 16.21
ブカシ県(基本) Kab Bekasi 2,447,445 2,002,000 22.25
ブカシ県(第1グループ) Kab Bekasi (Kelompok 1) 2,814,562 2,402,400 17.16
ブカシ県(第2グループ) Kab Bekasi (Kelompok 2) 2,692,190 2,302,300 16.93
ブカシ県(第3グループ) Kab Bekasi (Kelompok 3) 2,496,394 2,042,040 22.25
ブカシ市(基本) Kota Bekasi 2,441,954 2,100,000 16.28
ブカシ市(第1グループ) Kota Bekasi (Kelompok 1) 2,814,108 2,420,000 16.29
ブカシ市(第2グループ) Kota Bekasi (Kelompok 2) 2,686,149 2,305,000 16.54
デポック市 Kota Depok 2,397,000 2,042,000 17.38
ボゴール県 Kab Bogor 2,242,240 2,002,000 12.00
ボゴール市 Kota Bogor 2,352,350 2,002,000 17.50
スカブミ県 Kab Sukabumi 1,565,922 1,201,020 30.38
スカブミ市 Kota Sukabumi 1,350,000 1,050,000 28.57
チアンジュール県 Kab Cianjur 1,500,000 970,000 54.64
ガルット県 Kab Garut 1,085,000 965,000 12.44
タシクマラヤ県 Kab Tasikmalaya 1,279,329 1,035,000 23.61
タシクマラヤ市 Kota Tasikmalaya 1,237,000 1,045,000 18.37
チアミス県 Kab Ciamis 1,040,928 854,075 21.88
バンジャール市 Kota Banjar 1,025,000 950,000 7.89
マジャレンカ県 Kab Majalengka 1,000,000 850,000 17.65
チレボン県 Kab Cirebon 1,212,750 1,081,300 12.16
チレボン市 Kota Cirebon 1,226,500 1,082,500 13.30
クニンガン県 Kab Kuningan 1,002,000 857,000 16.92
インドラマユ県 Kab Indramayu 1,276,320 1,125,000 13.45

全般的にみると、工業団地が集中するブカシ県やカラワン県は額としては大きく上がったものの、上昇率は比較的低めに抑えられている。

東ジャワ州と同様に、州内の賃金格差が拡大している様子もうかがえる。すなわち、西ジャワ州の工業団地が集中する北部海岸沿いは高く、とくに中ジャワに近い南東部、州都バンドンよりも東側の賃金はまだかなり低い。

2013年11月23日土曜日

「鉛筆が病気を持ってくる」

友人であるリリ・レザ監督とミラ・レスマナ・プロデューサーの最新作『ソコラ・リンバ』をスラバヤの某映画館で観てきた。

金曜日の夜だからなのか、あるいは金曜日の夜なのにといったほうがいいのか、観客はごく少数だった。リリの前作『アタンブア摂氏39度』も、観客動員数が少なく、すぐに映画館上映が打ち切りとなったのを思い出す。インドネシアの人々の映画に求めるものは、娯楽性に集中しているのかもしれない。

さて、『ソコラ・リンバ』である。リンバとは、スマトラ島ジャンビ州の山間部に住む地元民で、外界との接触を避け、昔からの慣習法を尊重し、森林を生かした生活を営んできた。男性はふんどしのような腰布のみの服装である。ほとんどが読み書きできず、ジャンビの下界の住民からは未開人の扱いを受けている。

そこへ、ブテットという名の一人の若い女性が乗り込んで、彼らに「読み・書き・そろばん」を教え始める。しかし、彼女の行為は、彼女の所属するプロジェクトの責任者からも、また、リンバの大人たちからも、否定的な扱いを受けることになる。

そんなシーンのなかで登場したのが、「鉛筆が病気を持ってくる」という言葉だった。ブテットの下で学ぶことの面白さに目覚めてしまった息子を怒る母親の言葉である。

昔観た、パプアの地元民とジャカルタから来た青年との交流を描いた映画でも、パプアの子供たちに読み書きを教えるシーンがあった。その映画では、パプアの子供たちがジャカルタの青年たちのように、教育を受けて、自分たちのように文明化して欲しい、というメッセージが込められているのを感じた。

今回の『ソコラ・リンバ』は、そんな、ある意味、お目出度い、単純な話ではない。パプアの話とは全く異なるメッセージが込められている。どのように単純でないのか。是非、この映画を観て、皆さん自身でそれを受けとめて欲しい。

「鉛筆が病気を持ってくる」という言葉には、教育が慣習法社会への尊敬を失わさせ、教育を受けた者を余所へ連れて行ってしまい、戻ってこなくさせる、という意味も込められている。我々は、教育を授ける側の目で、「良いことをしてあげている」「自分たちのように良い生活を送って欲しい」「貧しさから逃れて豊かな暮らしを」というようなことを相手に対して無意識に思っている。しかし、相手が教育をどのように捉えているかについては、想像力が欠けている。というか、教育の使命に燃えている人ほど、相手の捉え方を想像すること自体に、思いを至らせないのである。

リンバの人々が暮らす森にも、オイル・パーム農園の開拓のための森林伐採が迫り、彼らは自分たちの居住地を追われて、次から次へと居住先を移らざるを得ない。リンバの人々は森が消えていく恐怖を日々感じながら生きているのだが、開発業者の用意した同意書に、訳も分からず血判を押してしまう。

その同意書が読めれば、森を守れるはず。そう思ったリンバの青年がブテットの元に通って読み書きを学び、母親から「鉛筆が病気を持ってくる」と叱責されるのである。

地元の人々が自分たちの生活を守り、彼らなりの主体性をもって生活を向上させていくためには、余所者にだまされない力をつけなければなるまい。「それが読み書きである」とブテットは信じている。

そして、すでに読み書きのレベルを超え、文明に触れ、新しい生活様式になり、豊かになりたい、そのためにはカネの世界だ、という衝動を抑えられなくなった我々が、余所者にだまされない力の源は、もはや忘れてしまいつつある、自分たちの足元をしっかりと知り、理解することであろう。

我々の身の回りの様々な「開発」、生活を豊かにしてくれる、魔法のようなその言葉に、我々は頻繁にだまされてきた。そして、今もだまされ続けている。だまされないためには、我々も余所者を知らなければならない。学ばなければならない。

しかし、その学ぶ過程で、我々自身が「余所者」へ変わっていってしまう可能性が少なくない。『ソコラ・リンバ』ではそこまでは描かれていないが、そんなことも思った。

「鉛筆が病気を持ってくる」という言葉を、自分自身を見失わないための戒めの言葉としても、受け止めたいと思う。

2013年11月22日金曜日

インドネシアで一番特殊な場所

自分のインドネシア観は、もしかしたら異常なのかもしれない。

最初は首都ジャカルタの、日本人はおろか外国人がほとんど住んでいない東ジャカルタのジャワ人の家に下宿して、インドネシア語漬けの毎日を過ごした。

2回目のインドネシア滞在は、首都ジャカルタのコスで5ヵ月過ごした後、南スラウェシ州の州都マカッサル(当時の名称はウジュンパンダン)に4年7ヵ月住んだ。このときは、家族3人と一軒家に住み、4人の使用人を使って生活した。

次は、再びマカッサルに単身で2人の使用人を使って、3年7ヵ月住んだ。大きな2階建ての家を借り、自分は1階の後ろ半分に住み、残りは、図書館、アートスペース、ワークショップ会場など、地元の若者たちや彼らのNGOの活動スペースにしてもらった。

その次は、ジャカルタで単身コス暮らしを3年して、スラバヤへ移った。

つまり、首都ジャカルタにいた時間よりも、地方都市にいた時間のほうが多かった。

そして、地方から首都ジャカルタを眺める時間が多かった。それは、まだ幼い頃、生まれ故郷の福島から東京を見ている感覚を思い出させた。

テレビ・ドラマに移るジャカルタの風景を、地方の人々は別世界ととらえ、かつあこがれの対象としていた。「自分たちとは違う世界だ」という気持ちと「いつか行ってみたい」という気持ちとが混ざっているようだった。

自分が福島にいたときもそうだった。東京の人たちはみんな頭が良くて、ファッションに気を使い、洗練されている。自分のような田舎者が生きていける世界ではない。でも、ちょっと覗いてみたい。

そんな気持ちだった自分が、決して頭がよいわけでもなく、ファッションセンスがいいわけでもなく、洗練されてもいないのに、東京で家庭を持って暮らせたのは幸運だったのかもしれない。

首都ジャカルタは、多くのインドネシアの人々にとっての、そんな場所だと悟った。すなわち、首都ジャカルタはインドネシアであるが、インドネシアを代表する場所ではなく、ある意味、インドネシアで一番特殊な場所だということを悟った。

現在、インドネシアに関する情報発信の多くは、首都ジャカルタと観光地バリ島に集中している。インドネシアで一番特殊な場所からインドネシア情報を発信する。タムリン通りとスディルマン通りとカサブランカ通りの周辺をめぐって、インドネシアはどんどん発展している、という情報が日本へ伝わる。もちろん、それ自体は間違っていない。でも、それは、ほかの大半のインドネシアを決して代表してはいない。

反対に、インドネシアにおける日本イメージは、東京や大阪の情報に基づく部分がかなり多い。近代的、都会的、交通機関が整っている。インドネシアの若者と話していて、日本の東京・大阪以外の様々な地方や農村のイメージをほとんど持っていないことに気づかされる。

日本の地方からインドネシアへの経済・投資ミッションが頻繁に訪れるが、その大半は、ジャカルタ周辺のみである。自分たちと同じ立ち位置にある、インドネシアの地方への想像力がそこには欠けている。

インドネシアの地方都市のなかには、日本の地方都市と姉妹関係を結びたいというところが少なからずある。しかし、その背景には、あたかも東京のようなイメージでの日本の地方都市への期待が隠れている。

日本の地方とインドネシアの地方とをもっと結びつけることによって、日本とインドネシアのイメージをより豊かにし、等身大でつきあえる関係を作っていく段階に入っているのではないかと感じている。

ジャカルタはインドネシアではなくなろうとしている。そんな言葉も、マカッサルでは聞いた。東京が日本を代表している、といえば、多くの日本人が「日本は東京だけじゃない」と思うことだろう。

自分はこれまで、ジャカルタとは違うインドネシアを日本へ向けて発信し、東京とは違う日本をインドネシアに向けて伝えてきたつもりだが、まだまだ力が足りない。自戒しながら、このブログをそうした媒体として使いたいと思ってきた。

もっと多く人たちが、様々なインドネシアを発信し、逆に様々な日本を発信していくことを願っている。

2013年11月21日木曜日

東ジャワ州の各県・市の2014年最低賃金

11月20日付東ジャワ州知事令2013年第78号により、2014年1月1日から施行される各県・市の最低賃金が以下のように決定された。

(県・市名) (Kab/Kota) (2014年) (2013年) (%)
スラバヤ市 Kota Surabaya 2,200,000 1,740,000 26.44
グレシック県 Kab. Gresik 2,195,000 1,740,000 26.15
シドアルジョ県 Kab. Sidoarjo 2,190,000 1,720,000 27.33
パスルアン県 Kab. Pasuruan 2,190,000 1,720,000 27.33
モジョクルト県 Kab. Mojokerto 2,050,000 1,700,000 20.59
マラン県 Kab. Malang 1,635,000 1,343,700 21.68
マラン市 Kota Malang 1,587,000 1,340,300 18.41
バトゥ市 Kota Batu 1,580,037 1,268,000 24.61
ジョンバン県 Kab. Jombang 1,500,000 1,200,000 25.00
トゥバン県 Kab. Tubang 1,370,000 1,144,400 19.71
パスルアン市 Kota Pasuruan 1,360,000 1,195,800 13.73
プロボリンゴ県 Kab. Probolinggo 1,353,750 1,198,600 12.94
ジェンブル県 Kab. Jember 1,270,000 1,091,950 16.31
モジョクルト市 Kota Mojokerto 1,250,000 1,040,000 20.19
プロボリンゴ市 Kota Probolinggo 1,250,000 1,103,200 13.31
バニュワンギ県 Kab. Banyuwangi 1,240,000 1,086,400 14.14
ラモンガン県 Kab. Lamongan 1,220,000 1,075,700 13.41
クディリ市 Kota Kediri 1,165,000 1,089,950 6.89
ボジョヌゴロ県 Kab. Bojonegoro 1,140,000 1,029,500 10.73
クディリ県 Kab. Kediri 1,135,000 1,089,950 4.13
ンガンジュク県 Kab. Nganjuk 1,131,000 960,750 17.72
ルマジャン県 Kab. Lumajang 1,120,000 1,011,950 10.68
サンパン県 Kab. Sampang 1,120,000 1,104,600 1.39
トゥルンガグン県 Kab. Tulungagung 1,107,000 1,007,900 9.83
ボンドウォソ県 Kab. Bondowoso 1,105,000 946,000 16.81
バンカラン県 Kab. Bangkalan 1,102,000 983,800 12.01
パムカサン県 Kab. Pamekasan 1,090,000 1,059,600 2.87
スムナップ県 Kab. Sumenep 1,090,000 965,000 12.95
シトゥボンド県 Kab. Situbondo 1,071,000 1,048,000 2.19
マディウン市 Kota Madiun 1,066,000 953,000 11.86
マディウン県 Kab. Madiun 1,045,000 960,750 8.77
ンガウィ県 Kab. Ngawi 1,040,000 900,000 15.56
ブリタール県 Kab. Blitar 1,000,000 946,850 5.61
ブリタール市 Kota Blitar 1,000,000 924,800 8.13
ポノロゴ県 Kab. Ponorogo 1,000,000 924,000 8.23
トゥレンガレック県 Kab. Trenggalek 1,000,000 903,900 10.63
パチタン県 Kab. Pacitan 1,000,000 887,250 12.71
マゲタン県 Kab. Magetan 1,000,000 866,250 15.44

上の表から分かるように、スラバヤ市とその周辺の最低賃金はジャカルタ周辺とほとんど変わらないレベルに近づいている。前回ほどではないとはいえ、スラバヤ周辺の2014年最低賃金の上昇率は20%を超えた。

もっとも、当初、県レベルで決定された最低賃金額を、州レベルで若干下げさせた州知事の指導力が評価される。たとえば、パスルアン県は2014年最低賃金額をRp. 2,300,000と設定していたが、Rp. 2,190,000へ引き下げさせた。同様にシドアルジョ県もRp. 2,348,000だったのを、パスルアン県と同額のRp. 2,190,000へ引き下げさせた。

筆者は、州知事レベルでも引き下げは難しいとみていたが、2期目に入ったばかりのスカルウォ州知事は、人気取りをする必要がないためか、県提案額を引き下げるという、企業側から見れば「英断」を下した。最も生活必需費用のかかるスラバヤ市よりも高い額は不適当、という判断も働いた可能性がある。

当然のことながら、県レベルで決定された最低賃金額でも低いと訴えていた労働組合側は、州知事がそれを下回る額を決定したことで、態度をより硬化させることだろう。昨日に引き続いて今日も、州知事庁舎前などで労働組合連合会のデモが行われるので、スラバヤ市内の交通には十分な注意が必要である。

付け足しになるが、筆者の印象では、州内の最低賃金レベルの格差が昨年よりもかなり開いたと感じる。すなわち、スラバヤ周辺は工業団地建設や新規投資が来て、就業機会も増え、賃金も上昇気味であるのに対して、州西部・南部・東部など、スラバヤから離れた地域の最低賃金上昇率は相対的に低く、投資分布に大きな隔たりがあるものと見られる。州としては、今後、地域間の発展格差の問題がクローズアップされる可能性がある。

別ないい方をすれば、低賃金労働を求める労働集約型投資にとって、東ジャワにはまだまだ立地検討可能な地域がある、ということでもある。そうした地方の情報も、これから発進していきたいと考えている。

2013年11月19日火曜日

鉄道切符の払い戻しに1ヵ月


 先日、ジョグジャカルタへ鉄道で行く予定だったのが、都合により取り止めとなったため、スラバヤ・グベン駅に切符の払い戻しに出かけた。払った額は13万ルピア、すぐに払い戻しがなされると確信していたが・・・。

窓口で払い戻しをお願いすると、「払い戻し申請書に記入してください」といわれた。周りには申請書がないので、「申請書をください」というと、「カスタマーサービスへ行って申請書を書き込んでください」というので、カスタマーサービスへ。

エアコンの効いたカスタマーサービスで、係員に切符の払い戻しをお願いすると、払い戻し申請書の用紙が渡されたので、それに記入する。



記入を終えて、申請書を係員に渡す、さあ、払い戻し、と思っていると、「払戻手数料として25%引きます」といわれ、そんなにキャンセル料が高いのか、とびっくりしていると・・・。

「払い戻しは現金にしますか、銀行振込にしますか」と聞かれるのだ。今すぐ欲しいので「現金」と答えると、次に、予想外の返事が来た。

「それでは、1ヵ月後にもう一度、駅へ出向いて、現金を受け取ってください」

えーっ、今、払い戻してくれないのか。どうして、1ヵ月も待たなければならないのか。おかしいと思って食い下がるが、答えは一つ。「規則でそうなっていますから」。

もう少し食い下がると「オンラインなので」という答え。オンラインだったらすぐできるのではないか。でも、職員はオンラインなので手続がいる、の一点張りだった。よく分からない理由だ。

鉄道の切符は、今はインターネットでオンライン予約して、アルファマートなどで買えるようになった。でも、払い戻しは簡単にできない。現金をその場で扱うと、職員が横領したり紛失したりするというのが、払い戻しに1ヵ月もかかる理由なのかもしれない。

もし、私が1週間程度で帰国する旅行者だったら、切符の払い戻しは受けられないことになる。きっと、手続が面倒で時間がかかるので、けっこう多くの人が途中で、払い戻しをあきらめているのではないかと想像する。1ヵ月もかかるのは実はそれが目的だったりして、とも思ってしまう。

ともかく、インドネシアで鉄道を利用するときには、日程を慎重に決めて、キャンセルしないことが肝心かもしれない。